『 砂の部屋 』

それは、砂の上で起こる。
それは、まなざしを更新する。
それは、美しい《エンプティネス》をもつ。

 

       ・・・

 < 砂の部屋は、《エンプティネス》が生まれる舞台となる >

 二○一六年十一月、私は東京都渋谷区にある四畳半の一室に砂を二百キロ敷いた、「砂の部屋」に暮らし始めた。そして、これまで百を超える人を招いてきた。砂の部屋へ訪れると、人々は自然とそれぞれの砂にまつわるエピソードを話してくれた。しかし、その多くの砂の記憶は、子供の頃の思い出の中に留まっていた。私はそこに、まっさらな想像の余地をみた。そしてそれは、あらゆるものが飽和しているように感じられた、現代の都市生活における泉のようであった。
 それはまぎれもなく、美しい《エンプティネス》であった。

 《エンプティネス》は、すべてを受け入れる。それは、無ではなく可能性をもった空白。たとえどんな時代や環境であっても、それは私たちを裏切ることはない。砂の上には、そんな《エンプティネス》が青い海のように広がっていた。


 

 < 砂の部屋は、砂の上のまなざしを更新する >

 「砂」も「部屋」も知っている、けれど「砂の部屋」となることでわからなくなる。砂の部屋に訪れた人々は、日常の当たり前の中に溶け込んでいるようなことも、「(砂の部屋で)お茶をしている」「(砂の部屋に)椅子がある」「(砂の部屋に)私がいる」と意識をし始める。自分の思っていた当たり前の普通さが、砂の部屋という異質な状況を通して浮かび上がってくる。

 まなざしの更新は、知っていると思っていたものがわからなくなるところから始まる。そして、そんなわからなくなった空白に、《エンプティネス》は宿る。そこに、これまで感じていなかった何かを見出せた時、その物事へのまなざしは更新される。

 


 < 砂の部屋は、地続き上の実感をもたらす >

 砂の部屋は、たしかにこの世界に存在している。砂を敷き、流出させ、その砂は、私たちが皆、同じ地続き上に存在していることを証明する。そんな《エンプティネス》の繋がりは、流動する砂の重さを増すごとに深まっていく。

 砂は枯れない。人類が滅びた後も、それは存在し続ける。だから私は、砂の上のまなざしを更新し、その可能性の幅をすべて受け入れる、砂の《エンプティネス》を浮かび上がらせる。そうすることで、百年先にいる人も受け入れられる器となるだろう。

 そして私は、砂の上に暮らし続ける。

2019年1月

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